ときのこえ 2014年9月号

手を大きく開きなさい 田中 禎一

ときのこえ2014年9月1日

 十八歳の頃、東京の大森に住んでいた私は、年の初めに、自転車で鎌倉に行きました。お寺の雰囲気や森や浜辺の自然に癒され、普段味わうことのできないゆったりとした時を過ごしました。そして帰途についたのですが、途中ですっかり日は暮れ、道に迷ってしまいました。不安の中、大きな交差点で信号待ちをしていた二人連れの女性に、道を尋たずねました。すると、とても親切に教えてくださり、私には、二人が、それは美しい天てん女にょのように思えました。気を取り直して、一月の寒空の中、自宅に戻ることができたのでした。

 数年前のことです。代々木駅で山手線の列車に乗り換えました。混み合う車両の中で、なぜか空いている場所があり、〈座れるかな?〉と、空いている所に出た途端、はたと足が止まりました。街頭生活者と思われる方が、座席に寝ており、近くにゴミ袋とゴミが散らかっています。そのため、乗客は遠巻きにしていたのです。私は、救世軍の制服でその真まっただなか只中へ出たものですから、後に引けなくなりました。

 「おじさん、大丈夫ですか」と声をかけ、ゴミをゴミ袋に入れました。その人は、起き上がって座りました。「どちらまで?」と聞くと、なんと私の降りる駅でした。その駅に着き、私が降りようとすると、彼は何やらジェスチャーをし、降りる気配がありません。彼を残して降りてから、そのジェスチャーは、もう一周して電車の中のゴミを拾うと伝えていたのだとわかりました。

 旧約聖書に、モーセが、奴隷となっていたイスラエルの民をエジプトから導き出したことが記されています。今から数千年前のことです。イスラエルの民は、四十年間荒野を放浪し、ようやく約束の地を目前にしました。モーセは、神様の言葉を人々に取り次ぎます。
 「あなたたちが渡って行って得ようとする土地は、山も谷もある土地で、天から降る雨で潤うるおされている。それは、あなたの神、主が御心にかけ、あなたの神、主が年の初めから年の終わりまで、常に目を注いでおられる土地である。」(申命記11章11、12節)
 神様はモーセを通して、常に目を注がれる神様がいることを伝えたのでした。余裕のない日常生活の中で、空の青、森の緑、大きく広がる海にハッと目を開かされ、心癒されることがあります。また、偶然出会った人が、尊敬すべき人格を有するかけがえのない存在であると教えられます。それらの背後で、神様は、今も私たちに目を注いでおられるのです。

 モーセはまた、次のように神様の言葉を伝えました。
 「この国から貧しい者がいなくなることはないであろう。それゆえ、わたしはあなたに命じる。この国に住む同どう胞ほうのうち、生活に苦しむ貧しい者に手を大きく開きなさい。」(申命記15章11節)

 モーセの時代も、そして現代においても貧しい人々がいます。経済的だけでなく、心にも貧しさを抱えて、時に、人生に行き詰まってしまう人も少なくありません。救世軍は、この時代を共に感謝して生活できるよう、人々に寄り添う働きをしています。
 あなたの手を大きく開いてください。その時、あなたも、そして同胞も心豊かにこの時代を生きることができる、と私たちは確信しています。

(救世軍士官〔伝道者〕)

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