ときのこえ 2012年3月1日号

THE WAR CRY 第2619号 救世軍公報

希望に向かって 石川 一由紀

 「残ったのは、俺と、この犬だけだからねぇ」散歩から帰ってきた初老の男性は、同じ棟がいくつも立ち並ぶ仮設住宅の路地を歩きながら、私にポツリと話してくれました。昨年暮れ、岩手県内のとある仮設住宅での出来事です。
 東日本大震災が発生して一年、長かったのか短かったのか、思いは様々であろうと思いますが、この三月でひとつの節目の時を迎えました。しかし、復興のニュースが流れる一方、年が明けても、地震発生の時刻で止まったままの時計がかかっている学校や骨組みだけになった建物などが残っている地域が、まだまだたくさんあります。
 私は、大震災発生後、救世軍でおこなう被災地支援活動の事務局長としての任務をいただきました。この一年間、私は、被災地で出会った大勢の方から言葉にならない様々な思いを感じてきました。
 押し寄せる津波を、東京でテレビ画面を通してしか見ていない私にとって、どんなに救援、復興支援で被災地を訪れても、現地の方の経験や痛みそのものを理解することはできません。そのような私を快く迎え、忍耐強く支援活動やその準備のための打ち合わせにご協力くださる現地の方々に、感謝しています。
 今月末までに救世軍が三十隻の新造船を支援することになっている漁協の組合長は、
 「俺たちは口下手だから今の気持ちをどう言っていいかわからない。でも船は命だ。俺たちは頑張ばるよ」と、まだ電気もトイレも復旧していない浜で話してくださいました。
 また、仮設店舗街の建設支援も三つの地域でおこなっていますが、出店される方々の、間近に迫った自分の店の再開、そして店を通して地域貢献できるという喜びの表情を見ることができました。もちろん、商店経営者の多くは仮設住宅に住み、今後に大きな不安も感じておられます。

 震災発生直後の避難所は、大勢の方でごったがえしていました。時を経て、段ボールの仕切りが入り、やがて、それは人の背丈ほどのパーティションに代わりました。そして、仮設住宅やみなし仮設住宅(民間借り上げ住宅)への入居となってきました。宮城県では、最後の避難所が昨年十二月に閉鎖され、すべての被災された方が何らかの形で住居に移るに至りました。

 このような変化は喜ばしいことではありますが、人と人の心の距離に比例しているようにも感じています。食べるにも事欠いた発生直後の「みんなの問題」が落ち着いてきた今、「自分の問題」が見えてくる時期なのだと思います。また、先行きへの不安から、「仮設を出たらハウスレスになれってことかい?」といった声も聞かれます。

 「自分の問題」を抱えているのは、被災地に住む人々だけではありません。東京に住んで、毎日地下鉄で通勤している私にとって、震災後しばらくは「人身事故」による遅れがとても少なかったように感じました。このまま「人身事故」の少ない日が続けばと願っていましたが、すぐに、来てほしくない日常に戻ってしまいました。そして昨年も、全国で年間三万人を超える方が自殺している現状があります。

 大震災に遭遇するほどの大きな苦しみでなくても、たとえそれが他人から見たらとても小さな事であっても、私たちは自分の人生が変わってしまうような困難、悲しみに遭遇することがあります。その時、私たちはどこに解決の道を、助けを、求めるでしょう。

 最近、インターネットにこんな書き込みを見つけました。
 「最も信頼している人に裏切られ、生きる目的を失った自分を支えてくれたのは、○○という曲だった。」震災地で開催されるコンサートで勇気づけられる経験をされた方の話も聞きました。また、人の温かい声かけに助けられ、共に笑ったり泣いたりして支え合う、ということもよく聞きます。
 でも、どんなに素敵な音楽や大勢の人に囲まれても、自分自身の心に湧わき上がってくる暗闇に飲み込まれるような思いになることがあるかもしれません。そのような方に、私自身の体験として、次のように言葉をかけてくださった、イエス・キリストという方をご紹介したいと思います。

 「苦労に疲れ果てている者、重荷を背負わされている者は、誰でもいい、さあ、俺のところへ来い。休ませてやろう。俺は、おだやかで、威い張ばらないから、俺の軛を背負って、俺のすることをよっく見て、覚えろ。そうすれば、お前さんたちの心も安らかになる。俺の軛は背負いやすいし、俺の荷物も軽いからな。」(マタイによる福音書11章28〜30節 山浦玄嗣著 日本語訳新約聖書『ガリラヤのイェシュー』より)被災地である大船渡で出版されたこの聖書は、イエス・キリストの言葉をこの地方の言葉で綴っています。
 今から二十五年前のことです。私は人間関係や仕事などで八方塞がりの状態になっていました。イエス・キリストがどんな方か知識の範囲ではわかっていましたが、自分自身でなんとか生きていこうともがいていました。もがいて、もがいて、どうにもならなくなった時、〈このまま暗闇の中にいるぐらいだったら、腸を割ほどの憐れみを示してくださろうとしている、イエス・キリストという方の招きに応えてみよう〉と思ったのです。言葉にならない祈りでしたが、その中で、それまで感じたことのない安らぎを得ることができたのです。
 聖書の中に、イエス・キリストを羊飼いにたとえたところがあります。
 「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。」(ルカによる福音書15章4節)私は、自分がその「見失った一匹」であったことに気づきました。この「見失った一匹」を、先ほどの山浦氏の聖書では「いなくなった〔馬鹿〕羊」と表現しています。群れから離れて自分勝手な道を行き、あげくに迷ってしまった馬鹿羊の私を、イエス・キリストは見つかるまで忍耐強く探し続けてくださっていたのです。
 苦しみ疲れ果てて、イエス・キリストの下に行った私ですが、翌日、人間関係が変わったわけでも、問題が一気に解決したわけでもありません。しかし、山積していた問題は、
 「さあ、俺のところへ来い」と招いてくださったイエス様の前に、イエス様が共に歩んでくださる課題と軽い荷物へと変えられていきました。私をこんなに大事にしてくださる方と出会って、孤独や痛みのゆえに自分や人を傷つけるのでなく、自分もほかの人も大事にする生き方を示されました。

 きょう、イエス・キリストをご紹介した一番大きな理由は、このお方を通して、この世で終わるのではない、人間がたどり着くことができる究極的な希望を、お知らせしたかったからです。
 「神は、その独り子〈イエス・キリスト〉をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」(ヨハネによる福音書3章16節)
 仮設住宅の一室でも、打ちひしがれた街でも、都会の雑踏の中でも、どこであっても、イエス・キリストは
 「さあ、俺のところに来い」と、あなたを招いておられるのです。

(救世軍士官〔伝道者〕)

ときのこえ2012年2月号表紙
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