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ときのこえ
2021.06.02(水)

ときのこえ2021年5月号

神の愛 堆朱敏男

愛することのない者は神を知りません。神は愛だからです。神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。
(ヨハネの手紙一4章8~10節)

この社会で一番小さな社会は「家庭」と言われます。そこには、家族愛があり、その愛が「家族を傷つけてはいけない」という気持ちを起こさせます。そして自分なりに「良い」と思うことを成してゆきます。親は、子が可愛くて仕方がありません。親子には、切っても切り離せない血のつながりがあります。ですから、親は子どもが独り立ちするまで血を流すほどの思いで育てます。子どもに反抗されることも多いでしょう。親は自分の無力さも感じるでしょう。うまくいかないことの方が多いかもしれません。それでも、諦めず、向き合う中で、まず、ありのまま受け入れることを教えられ、互いに赦しあい、認め合っていく中で親子関係が築かれていくのです。

私は、六歳の時に産みの母親をくも膜下出血で亡くしています。その後、クリスチャンの育ての母親が来てくれました。私はその母親の財布から何度も何度もお金を盗んでいました。いつもは小銭ばかりでしたが、ある時にお札を盗み、それがばれて、母親に腕を定規で何度も繰り返し打たれました。そのうちに、母親は私の腕ではなく、自分の腕を定規で何度も何度も打ちはじめました。それを見た私は「もう二度とお金を盗むのはやめよう」と決心したのです。母親は、私が二度と同じ罪を犯さないように、と、自分の身を痛めることで真実の心と愛を表してくれたのだと思います。

真の愛とは、人の心を変える、力強く、すばらしいものです。神の愛は、そのような愛です。私たちは、そのすばらしく、力強い愛で神に愛されているのです。

神は、愛そのものであり愛を発信されたお方です。そして、聖書には、神のなさったすばらしい業、御業が記されています。

神の天地万物の創造の御業、エジプトの奴隷で苦しみうめいていたイスラエルの民をその奴隷から解放した御業、イエス・キリストを十字架に架け、墓に葬られてから三日後に復活させ、「死は終わりではない」と悪魔に完全に勝利された御業。その神の御業の全てが、神の愛なのです。

神の前では、すべての人間は罪をもつ罪人です。本来ならば、私が、私たちが神の怒りによる裁きを受けなければなりません。けれども、その罪を赦すために、神は、その独り子イエス・キリストをこの地上に送ってくださいました。そしてイエスは、私たちの罪を全部その身に負って十字架に架かられたのです。十字架の刑は、とても屈辱的な悲惨なものでした。それをイエス・キリストはお受けになられたのです。イエス・キリストの十字架の上に神の人間への怒りは完全に吐き出されたのでした。

罪に対する神の怒りは完全に、十字架において愛するイエス・キリストに浴びせられたのでした。それによって神の怒りが私たちに達しないよう、イエス・キリストがその身に痛みのすべてを負って身代わりになってくださったのです。

私の母親が私に代わって自分の腕を打ったことにより、「私は同じ罪は二度と犯すまい」と決心したように、イエス・キリストの十字架の罪の赦しによって私たちの罪は赦されました。そのイエス・キリストこそ、神の愛の現れです。その愛は隠れているものを照らす光のような真の愛です。

あなたの心の暗闇、過去の傷、恐れに必要なものは、イエス・キリストに現された神の愛です。

(日本長老教会千住キリスト教会 牧師)

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