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ときのこえ
2026.06.01(月)

ときのこえ2026年5月号

ここにはおられません

 倉持 守

        
 「あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。」マタイによる福音書28章6節

 十字架につけられて死に、葬られたイエスの墓にやって来た女性たちに、天使が告げた言葉です。

 キリスト教の三大要素は十字架・復活・昇天と言われています。イエス・キリストについて語るとき最も大事なことが、この三点だということです。十字架刑で死んだということは、多くの方が知っていますし、理解しています。歴史上、イエス・キリスト以外にも、十字架刑によって処刑された人々はいました。しかし、復活と昇天に関しては、簡単に信じることができない人は多いのではないでしょうか。私はそうでした。

 しかし、この復活がなければ、キリスト教信仰は無価値であると、キリストの使徒、パウロは語っています(コリントの信徒への手紙一15章14節)。ですから、聖書を知る上で、復活を信じるか信じないかは、大きな分かれ目です。復活を語るとき、聞く人の反応は分かれます。それを信じる人と、「そんなことはありえない。ばかばかしい」と拒絶する人です。これは現代だけではなく、イエス・キリストが地上にいた当時からそうです。聖書の真理が語られるとき、人々の反応は二分します。

 最近、私は、短い期間に、知人の葬儀に幾度か参列しました。ある時は、長寿を全うした九十歳近い方の葬儀でしたが、その数カ月後には、今年成人を迎えたばかりの青年の葬儀でした。「なぜ、こんなに若くして亡くなってしまったのか…」と思ってしまう、寂しさを覚える葬儀でしたが、二人の方に共通することがあります。それは、この地上で生きた人生を、イエス・キリストを信じる信仰によって歩んでいたということです。

 葬儀には大勢の方が来られていました。初めてキリスト教式の葬儀に参列された方も多くおられましたが、その式の内容にとても感動されていました。確かに、故人との別れは誰しもが寂しさを覚えるものですが、イエス・キリストを信じる者は、死で終わりではありません。イエス・キリストと同じように復活する、よみがえることを信じており、それが聖書の言葉によって約束されているのです。ですから、クリスチャンの葬儀は悲しさだけが溢れるのではなく、感謝と希望があるのです。

 私は昨年から、救世軍での様々な働きに関わりをもたせていただくようになりましたが、救世軍の特色の一つに、ブラスバンドがあります。イースターの日の朝の礼拝で、イースターの賛美が最初に高らかにブラスバンドの演奏から始まった時、とても感動しました。イエス・キリストは、ただ、他の犯罪人たちと同じように十字架上で処刑されて死んだだけではなく、死からよみがえり、復活したのです! 悲しみに打ちひしがれていた人たちに、その復活した体を証拠として見せ、彼らに先立って復活したことを示されました。

 日本では長らく、「死」をタブーとし、日常からなるべく考えないようにする、いろいろな工夫がされてきています。しかし、人は生まれてきたなら必ず、地上での生を終える時が来ます。今こそ、イエス・キリストを信じて復活する信仰をもとうではありませんか。

(国内宣教師)

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