お知らせ

NEWS
ときのこえ
2026.09.01(火)

ときのこえ2026年8月号

主はわたしの羊飼い

 樋口光世

  

主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。
主はわたしを青草の原に休ませ
憩いの水のほとりに伴い 
魂を生き返らせてくださる。
詩編23編1〜3節

 聖書で、人はよく羊に譬えられます。羊は、まさに人間の特性を譬える家畜と言えます。

 第一に、羊は臆病で脆弱です。

 第二に、迷いやすい動物です。目が悪いということもありますが、羊は羊飼いに連れられて毎日行き来している道を自分では行き帰りもできず、すぐに迷ってしまいます。

 第三に、とても頑固です。羊は従順な反面、頑固で、羊飼いに逆らって自分勝手に進んで行き、群れから離れて危険な所に行って自滅してしまうこともあるそうです。ですから、羊には必ず羊飼い、しかも、良い羊飼いが必要なのです。

 羊飼いの仕事は、「食べ物を与える、必要なものを与える、飼う、育てる、番をする、導き、危険から守る」ことです。水の乏しい砂漠のような荒れた土地においては、優れた羊飼いでないと、牧草と水を探し当て、羊を養うことができません。

 最初に挙げた聖句の詩編の作者は、「主は私の羊飼い」だと告白しています。これは主―イエス様が羊飼いで、私がその世話を受ける羊だということです。自分は弱い羊で、羊飼いなしには決して生きることができないと認めています。羊は、安心しないと横にならないそうです。私たちは皆、全く疲れないということはありません。身体だけではなく、心が疲れることもあります。また、生活の中で、不安や心配事があり、横になっても落ち着かなくて眠れないということがあります。休むのが悪いこととされてしまうような現代社会の雰囲気の中で、私たちはどのようにして休息し、安心して眠ることができるでしょうか。

 詩編の作者は「主はわたしを青草の原に休ませ 憩いの水のほとりに伴い」と言います。良い羊飼いのもとで、私たちは必要な休み、安息を得ることができるのです。「憩いの水のほとり」とは、静かな、心の落ち着く、しかも気持ちの良い快適な空間をイメージします。羊飼いである主は、静寂な水辺に私たちを導かれる方なのです。「伴い」というのは、寄り添いながら優しく導くイメージです。決して強制的な、急かすような導きではありません。

 私たち人間も羊と同じように、非常に迷いやすく、一人では生きていくことができない存在です。何かに依存し、何かに頼らなくては生きていけない存在です。この世の中は、あらゆる物、刺激、情報で溢れていて、一時はそれを魅力的に感じ、そういうもので心を満たそうとしてしまうものですが、この世のものでは何も私たちを満たすことはできません。良い羊飼いであるイエス様だけが、私たちを満たすことができるのです。

 人生は荒野であり、多くの欠乏と苦しみがあり、病気があり、死があります。そのただ中にあっても、良い羊飼いであるイエス・キリストに出会うなら、その導きにより、安息を得ることができるのです。イエス様はどんな時も共にいてくださいます。迷いやすい羊にとって、正しい道に導き、常に伴ってくれる羊飼いがいることほど、大きな安心はありません。

 イエス様を信頼し、従っていくならば、その時その時に応じて、豊かな青草が茂る場所へと導かれ、真の安息をもたらす水のほとりへと、導かれていきます。そして十分な安息を得、新たな力を得て、魂が生き返るという経験をするのです。「主は私の羊飼いです」と、今日、告白したいと思います。

(救世軍士官〔伝道者〕)

ときのこえ2026年8月1日号をダウンロード(PDF)

 
救世軍(The Salvation Army)は1865年にイギリスで創設され、世界134か国で伝道・医療・福祉・教育・地域開発・災害被災者支援・人身取引被害者支援を行っている国際的なキリスト教会・国連NGOです。日本では明治28(1895)年から活動しています。

あなたの支援で
救える人々がいます

あなたの小さな心遣いで貧困や病気に苦しんでいる人、教育を受けられない子どもたち、災害の被災者などを助けることができます。あなたの想いを彼らに届けることができます。ご支援という形で寄付に参加してみませんか。

寄付をしてみる