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朝澤義人
「友達になってくれて、ありがとう。」
先日、ご挨拶がてらお訪ねした方が言ってくださった言葉です。私はご挨拶がてらと思っていましたが、その方にとっては、わざわざ会いに来てくれるということは格別だったようです。
今の時代、デジタル化が進み、オンラインで会議をしたり、挨拶することが当たり前になりました。「初めまして」がオンライン上でなされるのは珍しくないことです。だからこそ、わざわざ会いに行く、来ていただくことは、私たちの心を動かす姿勢なんだと教えられました。
聖書の神様は、それ以上に、私たちの心に、いつも、どんな時でも会いに来て、友となろうとしてくださいます。救い主イエス様自ら、私たちにこう言っておられます。
わたしはあなたがたを友と呼ぶ。
ヨハネによる福音書15章15節
また、旧約聖書のイザヤ書には「わたしはあらかじめ告げ、そして救いを与え あなたたちに、ほかに神はないことを知らせた」(イザヤ書43章12節)と書いてあります。友達だからこそ、あなたに告げたいことがある、そして救いを与えると言っているのです。
聖書は、はっきりとあなたに言っています。「私はあなたを愛している」と。約六百回以上も、聖書を通して言っています。この「愛」はアガペーの愛(神様の人間に対する無条件の愛)です。あなたが立派だから、業績を上げたから、功績を残したから愛するのではありません。「わたしの目にあなたは価高く」(イザヤ書43章4節)と言われているほど、神様はあなたの存在そのものを愛しているというのです。
しかし聖書はこうも言っています。「あなたは罪人だ」と。罪と聞くと、犯罪の罪を思い浮かべますが、聖書は「正しい者はいない。一人もいない」(ローマの信徒への手紙3章10節)と言っています。罪とは、神様を認めず、自分勝手に生きること、あなたを愛してやまない神様の悲しむことを、言ったり、したり、考えたりすることです。そう考えるなら、罪のない人は一人もいないのです。
そんな罪人の私たちを、神様はお見捨てになることをせず、私たちに救い主イエス様をお与えになりました。
イエス様は私たちのすべての罪のために、身代わりとなって十字架にかかり、死んでくださいました。そしてそのことを信じる人に救いの道を開いてくださったのです。
今、若者に人気のラッパーで、敬虔なクリスチャンのKviBabaさんは、自身の歌でこう言っています。「もうネックレスじゃない十字架」と。全世界のキリスト教会で掲げている十字架は、ただの飾りでも、アクセサリーでもありません。十字架は、私たちの罪を赦すしるしであり、希望です。あなたが今、このことを信じ受け入れるならば、神様はあなたの罪を赦し、救いを与えてくださいます。
実に、人は心で信じて義とされ、
口で公に言い表して救われるのです。
ローマの信徒への手紙10章10節
私たちを「友」と呼んでくださるイエス様には、人には言いづらいと思うことも何でも話せます。イエス様はあなたを大切に思い、聖書を通して、あなたに言っておられます。「どんなことがあっても、私はあなたと共にいる。」
(救世軍士官〔伝道者〕)
救世軍(The Salvation Army)は1865年にイギリスで創設され、世界134か国で伝道・医療・福祉・教育・地域開発・災害被災者支援・人身取引被害者支援を行っている国際的なキリスト教会・国連NGOです。日本では明治28(1895)年から活動しています。
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