ときのこえ 2018年11月号

人々の痛みと神の愛 石川 一由紀

ときのこえ2018年11月1日

 この夏は、度重台風、北海道では初めてというほど揺れた地震など、大きな自然災害が相次ぎました。まず、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

 日本は災害の多い国と言われます。ある統計によると、日本の陸地面積は世界の0.28パーセントしかないにもかかわらず、マグニチュード6以上の地震の約20パーセントは日本で発生しているとのことです。

 救世軍は、創業当初から伝道と社会奉仕を、切り離すことのできない一つの働きとしておこなってきました。神の愛によって動機づけられて歩む救世軍は、その神の愛を人々に伝え、イエス・キリストの使者として、分けへだてなくすべての人々のニーズに応こたえることをモットーとしています。

 一八六五年に働きを始めた救世軍の創立者ウイリアム・ブースは、イエス・キリストの歩んだ道を自分もたどるようにと示されました。神との関係が断絶し、罪と争いに苦しむ人々へ、神の独子イエスを与えられた神の深い愛を伝えたいと切望しました。そして、人々の最も奥深いニーズである霊的な求めに応えるためには、世の中で見捨てられていた人々の中で、彼らの具体的な必要に応えることが不可欠であることが示されたのでした。

 救世軍の活動の原動力は、キリストが、
「群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐あわれまれた」(マタイによる福音書9章36節)
のと同じ気持ちにあります。人々の痛みに対して、〈何とかしたい〉という思いと祈りです。

 聖書の申命記10章17、18節には、
「あなたたちの神、主は神々の中の神、主なる者の中の主、偉大にして勇ましく畏るべき神、人を偏かたより見ず、賄賂を取ることをせず、孤児と寡婦の権利を守り、寄留者を愛して食物と衣服を与えられる」
とあります。弱い立場の人人を「愛する」神の存在が私たちを動かしています。

 それは、時として火事に遭われた方にタオル一本お届けすることしかできない場合もありますし、地域の仕組みの中で、息の長い救援、復興を支援する活動となることもあります。

 そのような支援の中で、「災害対応チャプレン」の働きの重要性が指摘されています。米国では、様々な災害の現場で、被災された方々のみならず、大変なストレスを受けて働く消防・警察の背後で心のケアをおこなう存在として活動しています。ボランティアや被災者を支える人々が燃え尽きないように、被災地の心のケアに携わるこの働きを日本の救世軍でも進めていきたいと願い、小さな歩みを続けています。

 世界的な救世軍の災害救援は、国際的基準であるスフィア・プロジェクト(人道憲章と人道対応に関する最低基準)に基づいておこなわれます。1997年にスタートしたこのプロジェクトは、赤十字、赤新月(イスラム圏の赤十字)を中心に、被災地において各救援団体の違いを超えて最もふさわしい救援をおこなうことを目的としています。その背景には、各団体が負った大きな痛みがあります。それは、1994年のルワンダ紛争時、各団体の救援努力にもかかわらず、アフリカ大湖沼地域の難民キャンプで、伝染病などにより、一日に2~3千もの死体が道路わきに並ぶ事態になったことです。

 申命記には、人を偏り見ず、弱い人の権利を守り、必要なものを与えられる神の姿が描かれています。キリストが、どのような背景の中にある人々をも等しく深く、憐れまれたように、救世軍もイエスの愛をもって人々の痛みの傍らにいて、人々が神の前に尊い存在であることをお伝えしていきたいと願っています。

(救世軍士官〔伝道者〕)

  • 続きを読む>> ときのこえ誌PDF版ダウンロード