ときのこえ 2018年1月号

希望で満たす方 ケネス・メイナー

ときのこえ2018年1月1日

人生に困ったことはつきものです。たとえば、いつの間にか何かを使い切っていたことに気づいた時には、散々な気持ちになります。毎朝飲んでいるコーヒー、シリアルに入れるミルク、歯磨き粉、車のガソリン、チャージの切れた交通機関用のカードなどなど。

私が学生時代のことです。共同生活をしていた友人のなかに、実に奇妙なことをする人がいました。共用キッチンのミルクは、住んでいる人との共用で、飲み切った時にあたった人が、新しいものを買い足すことになっていました。ところが、その彼は、ミルクがわずかに残った入れ物になんと水を足してしまったのです!

ある朝、私に悲劇が起こりました。今でも忘れることができません。その日、シリアルの中でもお気に入りのものを器に入れてミルクを注いだ私は、何とも透明に近い白い液体がシリアルを覆ったことに気づきました! ああ、おいしいはずのものが……実に最悪なものになりました。

この「最悪ミルク」のことを知っているか、共同生活をしていた友人たちに聞いて回り、その中のテリーにも聞いてみました。すると彼は、ほんの少し残っていたミルクに水を足した、と白状しました。水を足すほうが楽だったから、と。

あなたは、あなたの周りの人が何かを使い切り、途方に暮れていることに気づいたことがありますか? 歯磨き粉ならちょっとずつブラシに絞り出し、少しでも長くもたせることができます。けれども、何か大切なものを使い切ってしまうことを避けるためには、物事をもっと深く、真剣に考えなくてはなりません。特に、私たちの希望を使い切ってしまわないように心がけることが、大切でしょう。もし希望を失ってしまうならば、人生の様々な出来事が、私たちの心を圧倒してしまいます。

新しい年を迎えるこの時、皆さんは希望を失ってはいないでしょうか? 私たちは希望をもてない時、空虚さや孤独で落ち込み、落胆と敗北感に囚われてしまいます。また、自分自身がわずかな希望しかもっていないことに苦しみ、ストレスを感じる時、その覆い尽くすような状態が、人生の様々な困難への対応に影響を与えます。水がミルクの代わりにならないように、他の何かによって、失われた希望を満たすことはできないのです。

けれども希望は、ある方との「関係性」の中に存在します。それは、イエス様とつながり、イエス様との関係性の中に自分の中心を据すえることです。そうすれば、周りの人々、お会いするすべての人々に対して、良い影響を与えることができるでしょう。たとえどんなストレスの中に置かれていても、希望に満ちた状態を保って生き、周りの人々に希望を指し示すことができるのです。

イエス様は、私たちを希望で満たしてくださいます。その希望は決して尽きることはありません。希望について私たちがすべきことは、どんな状況の中にあっても真実であり、失われることのない希望を与えるイエス様につながる決断をすることなのです。

イエス様はご自身についてこう言われました。「わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである。」(ヨハネによる福音書10章10節)

イエス様との関係を通して、私たちは、今現在と来たるべき未来に希望を見いだすことができます。イエス様がいつでも私たちと共にいてくださることがわかるからです。イエス様は、私たちがイエス様のもとに来ることを待っておられます。私たちがイエス様を呼び求めるなら、イエス様は、私たちをあふれるほどの希望で満たしてくださいます。

新しい年、ぜひ皆さんが、イエス様と共にある希望あふれる人生のスタートを切ることができますように、と願っております。

(救世軍士官〔伝道者〕・司令官)

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