パキスタン救世軍、家を離れた人々に寝床と支援を提供

救世軍万国本営サイトの記事より

(救世軍万国本営サイト 2009年7月7日付)

 パキスタンの救世軍は戦闘のために家を離れざるを得なくなった人々に最低限必要な支援を提供している。パキスタン西部国境地帯にある多くの村では、分離主義者およびタリバン支持派の軍団と、政府軍との戦いによる被害を受けている。州政府の報告によると数十万の人々が戦闘を避けるために家を離れており、最新の報告では190万を越える人々が国内難民(IDPs: Internally displaced persons)として登録されたという。この人々は学校やキャンプ地や指定受け入れ地域のホスト・ファミリー — 寝泊りの場所が得られればどこでも — などで生活している。

住むべき所を失って、救世軍のテントに集まる家族

 11歳くらいと思われる少女、ファティマは、200万人に近いIDPsの一人である。かつて彼女は両親と共にスワット渓谷で暮らしていたが、戦いが激しくなったため彼女の一家は逃げ出し、IDPsとなる大勢の人々と共に安全な滞在地を求めて移動した。その中で混乱が起こり、彼女は両親と別れ別れになってしまった。捜し続けて苦労を重ねた末に彼女は自分の叔父を発見し、今はその叔父と一緒に居留している。両親がどこにいるのか、まだまったくわからないと彼女は言うが、しかし両親はきっと元気で、再会できると希望を持ち続けている。

必需品入りの袋を配布する救世軍チーム

 救世軍が緊急事態に対応した過去の評判と経験が買われて、パキスタンの行政機関からは、膨大な数の避難民のために協力して動いてほしいとの要請を受けている。IDPのためのキャンプ地はいくつかあり、救世軍はその一つ — マザドーア — で現在活動している。ファティマに救世軍人たちが出会ったのはそこでの配布活動中のことであり、テント、調理用品、敷物、枕、キルト布をそのキャンプ地で配っていたのである。

 ナズィルもそのキャンプ地の居留民の一人である。彼はかつてマラカンド地区に居住し、そこで食料品店を営んでいた。彼の商売は順調であったが、しかし戦闘が始まって、すべてを置いたまま逃げ出すはめになった。救世軍から配布された調理用品入りの袋を受け取ると彼はこの支援に心からの感謝を述べた。

救世軍のテント群

 パキスタンの救世軍はファティマやナズィルのような人々、さらに助けを要する数十万の人々を支援するため職務に精励している。支援チームのメンバーは緊急に必要な物資を提供して支援しているが、彼ら自体も、だれかが心にかけており忘れられてはいないということを人々に知らせる存在となっている。