救世軍ジャパン・スタッフ・バンド(JSB)について

初期の救世軍楽隊「幻灯楽隊」(1902年)

 現在の救世軍ジャパン・スタッフ・バンドに直接つながる話ではありませんが、日本の救世軍における最初の金管楽器演奏は、1895(明治28)年9月22日、日本における救世軍最初の集会のためのものでした。当時の新聞に記されています。「コルネットと伝えるラッパが用いられ、快活勇壮にして面白かりき…」 この記事は、金管楽器がこのころキリスト教の布教に用いられたという事実を示すものでもあります。(参考:堀内敬三著『音楽五十年史』)

 現在、救世軍本営には、本営付の救世軍ジャパン・スタッフ・バンド(JSB)があります。救世軍のすべての働きがそうであるように、神の栄光と人の救いのために、1902年に組織された幻燈楽隊以来、さまざまな機会において演奏活動を続けています。特に、2011年に、英国本部にあるインターナショナル・スタッフ・バンド120年記念の集会がロンドンで行われた際には、JSBも参加し、世界の救世軍にある7つのスタッフバンドと共に、ロイヤル・アルバート・ホールでマス演奏をする機会を得ました。

参謀楽隊(1926年)救世軍の療養所で演奏する参謀楽隊(1936年)
「大将に随行した参謀楽隊員」として"ときのこえ"1926年11月15日号に掲載されたもの。当時の大将はブラムウェル・ブース救世軍の療養所で演奏する参謀楽隊(1936年)

 救世軍(日本)本営のブラスバンドは現在ジャパン・スタッフ・バンドの名で奉仕を続けていますが、時代によって「本営楽隊」、「参謀楽隊」、「本営バンド」などと称したこともありました。1975年には再び「参謀楽隊」の名に戻り、その頃から元の英語の呼称である「スタッフ・バンド」とも呼んでいます。現在、正式には「ジャパン・スタッフ・バンド」を称しています。(「スタッフ・バンド」は他国の救世軍にもあるので。また、「参謀楽隊」の呼称は現在用いられていません。)

参謀楽隊(1952年)救世軍の連合集会で演奏するジャパン・スタッフ・バンド(1986年)
参謀楽隊(1952年)救世軍の連合集会で演奏するジャパン・スタッフ・バンド(1986年)

 「小隊バンド」も「スタッフ・バンド」も、活動の目的は同じですけれども、「スタッフ・バンド」 (Staff Band) と呼ばれているブラスバンドは、世界中の救世軍に11組存在し、その国の本営で組織運営されて、重要な集会を支え、神の愛を伝えて、人々をキリストに導くために尽くすとともに、他にもさまざまの音楽的な活動を進めています — コンサート、社会福祉施設や病院などへの訪問演奏、地域行事への参加など。これらは、救世軍が地域社会の一員としての役割を果たすことにも貢献しています。

東京都清瀬市にある救世軍の社会福祉施設で演奏するJSB

 ジャパン・スタッフ・バンドの楽隊員(メンバー)は、東京と近郊の小隊に属する救世軍兵士(正式に救世軍に所属するクリスチャン信徒)です。救世軍本営や救世軍の社会福祉施設で働く職員も、一般的な職業を持っている人もいますが、彼らは皆、「スタッフ・バンド楽隊員」という「任命」を受けています。

 救世軍の音楽活動の活動資源すなわち楽隊員、楽器、楽譜などは、すべて神の栄光のためという目的に属しています。そのため、演奏やそれに付随する働きによってJSBのメンバーが個人的報酬を受けることはありません。このような立場は「アマチュア精神」の一種ということになります。けれども士気の高さ、目的の純粋さ、献身的姿勢においては、 アマチュア以上のものをジャパン・スタッフ・バンドは求められています。

歴代楽長(初代から現在まで)

  • チャールス・デビドソン
  • アーサー・ロング
  • 長谷川庚子
  • 朝野洋
  • テッド・モーリス
  • 張田望
  • 鈴木肇
  • 引地正樹(現在の楽長)


1996年3月、JSBは日本吹奏楽会による

「第6回・日本吹奏楽アカデミー賞 特別部門賞」

を受賞







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