救世軍のブラスバンドについて

1. 救世軍ブラスバンドの起こり

ラトクリフ道路を行軍するホワイトチャペル小隊 1880年代前半

 「歩くパイプオルガン」とも呼ばれる救世軍のブラスバンドは、英国におけるブラスバンド活動の広がりと共に救世軍の働きに加えられました。(いわゆる吹奏楽の楽器編成と区別するために「ブリティッシュ・スタイルの金管バンド」などとも呼ばれています)

 産業革命以降の英国では社会階層の下部に属する労働者、例えば炭鉱夫などが職場でも娯楽を求めるようになりました。その一つとしてブラスバンドの活動が盛んになり、その時期と救世軍の働きが盛んになってきた時期とがうまく重なり、互いの関わりあいも生まれたと考えられます。

(参考)
*Brass Band of the 20th. Century (EGON出版社)
*British Style Brass Band Links (インターネット・サイト)

チャールズ・フライとその家族

 救世軍の働きのなかでブラスバンドが採り入れられたきっかけについて、ある記録があります。初期の頃、救世軍が行う路傍伝道は、暴徒たちから度々妨害されていました。ある時、チャールス・フライ(建築業)とその家族4人が金管楽器を路傍伝道に持参し、賛美歌の曲を演奏しました。2本のコーネット、ユーフォニアム、バルブ・トロンボーンのアンサンブルは、レンガ造りの建物が立ち並ぶ街角に美しく響き、人々の心を静めて大いに効果をあげました。この出来事は救世軍初期の重要な事件として知られ、その後の救世軍ブラスバンド発展につながるきっかけなったとされています。

2. 救世軍ブラスバンドの活動

 救世軍のブラスバンドは、いくつかの例外もありますが、おもに救世軍の小隊(教会)に所属しており、礼拝、伝道、その他さまざまな種類の働きが、任命された楽隊員らによって、クリスチャンの奉仕として行われています。(社会福祉施設内のクラブ活動的なものなど、例外もあります)スタッフバンドは各地の救世軍本営(本部)によって運営される楽隊であり、現在は世界の救世軍の中で8あります。

 救世軍のブラスバンドが、全英オープンをはじめ、チャンピオンシップを競うコンテストに参加したりすることは、規則によって認められていません。救世軍とそのバンドの活動目的からも外れています。ブラスバンド界のそのような重要な機会に不参加という方針ですが、しかし音楽バンドとしての活動や新しい作品の作曲に関してなど、他のブラスバンドとも互いに良い影響を与え合って今日に至っています。

 作曲に関して言えば、プロで、しかも元々救世軍人の優れた作曲家は多く、エリック・ボール、エリック・ライゼン、ディーン・ゴーフィン、ウイルフレッド・ヒートン、今日ではピーター・グラハム、ケニス・ダウニー、ウイリアム・ハイムズやジェイムス・カーナウ、その他多くの作曲家が、救世軍や一般の音楽界で優れた作品を生み出しています。

 なお近年は変化も見られ、チャンピオンシップ・ファイナルに関連して催される特別コンサート(ロイヤル・アルバート・ホール)で、優秀なチャンピオンシップ・バンドなどと救世軍のバンド(インターナショナル・スタッフ・バンドなど優秀なバンド)が共演したこともあります。

 今日では世界中で、25,377人(2009年1月現在)もの救世軍ブラスバンドのメンバー(楽隊員と呼びます)が、キリスト教の礼拝や伝道の目的で演奏活動をしています。国や小隊の状況などによって異なりますが、他の多くのキリスト教会がパイプ・オルガンなどを賛美歌の伴奏や奏楽に用いているように、救世軍は礼拝をはじめ多くの集会の中で、ブラスバンドを同等の役割のために用いています。

 日本の救世軍におけるブラスバンドの多くは、JSBを除き、小隊(教会)または連隊(教区)所属となっています。東京の神田、京橋、杉並、清瀬、渋谷の各小隊、関東の高崎小隊、北海道の遠軽小隊、西日本連隊(大阪)などで小隊バンドあるいは連隊バンドが組織されており、また、いくつかの社会福祉施設でもブラスバンド活動が行われています。







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