家庭団コータリー2013年8月-9月号

8月教育プログラム

特別養護老人ホーム「恵みの家」について  吉田 眞

特別養護老人ホーム「恵みの家」

聖書箇所 マタイによる福音書25章31~40節
救世軍歌集 321番 このいと小さき

 今年五月、杉並区和田の旧都営住宅跡地に、社会福祉法人救世軍社会事業団の事業として、特別養護老人ホーム「恵みの家」が開設されました。療養型病床を中心としたブース記念病院、老人保健施設「グレイス」と合わせ、地域における高齢者のケアが、ある意味で完結することになります。「恵みの家」は、法的には社会福祉法人の事業ですが、救世軍の組織上は、ブース病院、グレイスとともに、医療部に属することになります。それは、福祉の働きと、医療の働き、特に高齢者に対するケアという点においては、その境界線を引くことが難しく、かえって、一つの総合的な働きとして捉えていくことの方が求められているからです。

[発 端]
 杉並区における特別養護老人ホームの不足から、東京都の土地を利用して杉並区が特養の開設を計画し、その開設の一般公募がなされました。2010年暮れのことでした。救世軍としても、地域に奉仕するという意味で、これに応募しました。十数社の事業体がこれに応募しましたが、書類審査、ヒアリングを経て、救世軍が選考されました。準備に当たり、最初に検討したのは、施設の理念でした。そして、「高齢者のうちにあるイエス・キリストの父なる神が与えて下さった尊厳を見出し、わたしたちに託された一人ひとりを責任もってケアしていきます」という理念が決定されました。ホームの入り口には、マタイによる福音書25章40節の聖句「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」が書かれています。

[概 念]
 この特養は、ユニット式であることが求められました。ユニットケアとは、入居者一人ひとりの尊厳を重視し、個人の自律を尊重するため、施設の居室をいくつかのユニットに分けてそれぞれを一つの生活単位とし、少人数の家庭的な雰囲気の中でケアを行うものです。食事や入浴、施設内の行事などの日常生活はこのユニットごとに行います。そこで、ホームの基本的な概念は、地域になじむ、住宅としてのイメージを持つホームを造ることでした。全体のホームが、十室の個室を持つ8個のユニットから形成される、80人定員のホームです。つまり、8個の住宅が一つの建物の中にあるという考え方です。建物の共用部分からそれぞれのユニット(住宅)には、独立した玄関から入ることになりますし、外観的にも、それぞれのユニットが、別々の顔を持つように設計されています。

[スタッフ]
 ユニット式のケアは、私たちにとっては初めてのことであり、当然、専門職としての技術と能力がなければなりませんので、スタッフは、その研修を受けています。スタッフの99%は、クリスチャンではありません。その中で、救世軍の働きを、その理念に基づいて行うには、スタッフへの理念の徹底が必要となります。まず専門職としての技術と能力がなければなりませんが、それとともに、救世軍の主義を理解するスタッフを養成しなければなりません。この際、救世軍人やクリスチャンの中で、専門職の能力を持つ方がいるようならば、救世軍の施設・病院で働くように導かれることを願っています。

[資 金]
 建物の建築には、総額8、7億円の予算を立てました。うち、4、3億円は東京都と杉並区からの補助金、残りを、救世軍の資金と借入金(3、2億円)でまかないます。

[利用者]
 基本的には、杉並区の住民が優先されます。この原稿を書いている時点(三月半ば)で、すでに500人以上の方(重複申し込み―他の施設への申し込みもしている方を含む)が申し込みの登録をしています。その方々から、必要度の高い方を選択する作業が進められています。

[課 題]
 前述のように、十分なスキルを持ち、救世軍の理念を理解し実践するところの良いスタッフの養成・獲得が第一の課題でしょう。また、ケアの質を保ちながら経営を行うことは、簡単なことではありません。ブース病院、「グレイス」との連携、杉並地区の救世軍の働きとの連携は、私たちの杉並における働きにとって、重要な課題となります。特に、普段、小隊にだけ出席され、施設とのかかわりが薄い方々が、積極的に、病院、施設とかかわりを持つことができるようになってほしいと願っています。

[祈 り]
 お隣りの「グレイス」では週二回、ブース病院では、火曜から金曜まで毎朝、礼拝が持たれています。「恵みの家」でも、週に何回かは礼拝が持たれることになるでしょう。利用者にとってだけではなく、職員にとっても、また、利用者のご家族にとっても、救世軍の理念を理解するうえで、大切な機会となるでしょう。チャプレンの働きのためにお祈りください。また、ボランティアのご奉仕も必要としています。積極的に、救世軍人、家庭団員の方々が、これに加わってくださることを期待します。また、そのためにお祈りください。

(医療部長・中将)



9月礼拝プログラム

特別養護老人ホーム「恵みの家」

天の星を仰いで  三澤 良子

聖書箇所 創世記15章1-6節
救世軍歌集 1番 輝く日を仰ぐとき

 旧約聖書に登場するアブラハムは「信仰の父」と呼ばれています。今日はそのアブラハムが約束の子イサクを与えられたお話をご一緒に見て参りたいと思います。

 アブラム(最初の名前)は、ウルという当時の大都会に住んでいましたが、神様の導きにより住み慣れたウルを離れ、辺境のカナンに移住しました。これは大きな試みであったと思いますが、アブラムはただ一心に神様を信じて、神様に従っていったのです。まずここで「信仰の父」たる姿を見ることができます。
 さらにアブラムに与えられたもう一つの約束がありました。「あなたを大いなる国民にし」(創世記12・2)、「あなたの子孫を大地の砂粒のようにする」(13・16)との神様からのお約束を頂いていました。しかし、それは何年も実現しないまま年月が経ち、アブラム自身すっかり年を取ってしまいました。この世の常識から考えると、もはや子供が与えられることなど無理だろうと思われていました。

 そんな時、神様からの新しいお約束がアブラムに与えられました。「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。……あなたの子孫はこのようになる」(15・5)。年を取って、人間的にはもはや子供は望めないだろうと思われていたにもかかわらず、神様は天の星のように子孫を与えると約束してくださったのです。

 前任地の北海道では、数年前にユースキャンプで星空ツアーをしました。満天の星空を見上げながら、神様の創造の素晴らしさをみんなで味わうひとときを持ちました。美しい星空は、本当に格別なものでした。まさしく満天の星…数え上げることなどできない星々が頭上に広がっていました。
 都会ではなかなか美しい星空を見ることは難しいかもしれませんね。皆さんのお住まいではいかがでしょうか。でも、見えても見えなくても、星は確かにそこに存在しています。星が見えないのは、何かがしているからです。天気、汚い空気、明るすぎる都会の照明…いろいろなことが考えられると思います。

 アブラムは、きれいな空気で、天気に良い条件で、満天の星を見たから信じたのでしょうか。6節「アブラムは主を信じた」とあります。これが「信仰の父」たるです。自分に約束されている神様のお恵み、良いものは、この星のように限りなくあると信じたのです。
 私たちにも神様はのお恵みを用意してくださっています。でも、その神様のお約束がわかりづらい時もあるのです。どんな天気の夜空にも、どんなに汚い空気や、きらびやかな誘惑に隠されていても、星はそこにあって、間違いなく輝いているように、神様のお恵みも、私たちの心や周りの状況が邪魔したとしても、あなたの上に輝いているのです。
 しかし、それはまだ実現していないお恵みの約束です。アブラムもこの先子孫が与えられるのは、何年も先のことでした。しかも、私たち人間は未来のことなどわかりません。大切なことは、ただ、神様のお約束以外に信じる根拠がなくても、「信じる」ということです。
 夜になったら星空を見上げてみませんか。この星のように、主がアブラムに語ったように、いま、皆さんお一人お一人に神様が語っておられます。
 天を仰いで、星を数えてみるがよい。わたしはあなたにこのような恵みを、良いものを用意しているのだよ、と。信じてみましょう。
 たとえすぐには実現しなくとも、信じてみましょう。待ってみましょう。祈ってみましょう。アブラムに息子イサクが与えられたように、神様の約束は、いつか必ずはっきりとわかるでしょう。

 「人間の心は自分の道を計画する。主が一歩一歩を備えてくださる。」(箴言16・9)

西新井小隊付・大尉)