家庭団コータリー 2017年2月号

2月教育プログラム

どう生きますか 逝きますか
西村 和江

どう生きますか 逝きますか

聖書箇所 詩編23編
救世軍歌集 306番 わがえらびしみちにあらで

「どう生きますか 逝(い)きますか」これは昨年八月に発行された『週刊ダイヤモンド』の特集記事タイトルです。「死生学のススメ」という副題で、日本人一万人のアンケート結果と共に、墓・葬式の問題、介護や終末期医療、死と生の科学まで、現代日本の抱える様々な課題を取り上げています。これによりますと、「自分の死について考えたことがあるか」という問いに「ある」と答えたのは64.9%で、身近な人との死別や加齢、病気などをきっかけとして多くの人が死について深く考えている一方、「死生観があるか」の質問に「ある」と答えたのはわずか9.5%にとどまっています。

 団塊(だんかい)世代が高齢になり、世間では「終活」ブームが到来。私たちは「どう生きるか、どう死ぬか」という課題に、どのように向き合えばよいのでしょうか。

 数年前に天に召されたAさんは百歳を超えた熱心なクリスチャンで、礼拝に参加することを一番の喜びとしていました。それでもだんだんと体の自由が利(き)かなくなり、時には「もう十分に生きたから早く天国に行きたい」と話しておられました。Aさんが食事を摂(と)ることが難(むずか)しくなった時、医師は家族にこのまま何もしないか、中心静脈栄養(太い血管からの高カロリー輸液)を行うか、経管栄養(鼻や胃に通したチューブから栄養を入れる)にするか選択を迫りました。

 自分で食べることができなくなったらもう寿命なのだから、無理やり栄養を注入するのは延命処置なのではないか…。しかし、現代医療は様々な方法で命を長らえさせることができるのに、それをしないということは勇気のいる決断です。あの時こうしていれば良かったと後悔したくない、でもこれで本当に生きていると言えるのだろうか。こうまでして生かしておくことは自分のエゴでしかないのではないか。家族の葛藤(かっとう)は尽きません。

 クリスチャンである私たちは永遠の命の約束と希望を持っていますから、死は終わりではなく、新しい旅立ちと考えることができます。生も死も神の支配のうちにあるというのがキリスト教の死生観です。家族に迷惑をかけないようにといろいろな準備をしていても、思いがけない病気ですべてを頼らざるを得ない状況に置かれることがあります。延命をしないでほしいと願っていても、やむを得ない決断がなされる時もあります。けれどもすべてを支配なさっている神様のお許しがなければ、どんな決定もなされないのですから、医師の治療方針も、家族が悩んで決めた結論も、すべては神様のご計画のうちにあるのです。本人に意識がない状態で過ごす数日間に、家族の心に変化が与えられ、自分たちにとって必要な時間だったと受け止めることができる場合も多くあります。けれどもその時はどうしても迷いと葛藤に襲われますから、神様のご計画に従って「ゆだねる」ことの難しさを日々実感することでしょう。私たちがまず神様との関係にしっかりとより頼み、御心(みこころ)を祈り求めていきたいものです。

 先ほどのAさんのご家族とは、クリスチャンであるご本人がこのような信仰をもって歩まれていたことを思えば、すべては神様のご計画であるとゆだねて天国への希望を抱いているに違いないということを確認することで、肩の荷を下ろしていただくことができました。

 詩編二三編は繰り返し読まれる聖書の言葉ですが、今一度じっくりと神様への信頼と確信に満ちた賛美の歌として読まれることをお勧めします。

1 主は羊飼い、わたしには何も
  欠けることがない。
2 主はわたしを青草の原に休ませ
  憩(いこ)いの水のほとりに伴い
3 魂を生き返らせてくださる。
  主は御名(みな)にふさわしく
  わたしを正しい道に導かれる。
4 死の陰(かげ)の谷を行くときも
  わたしは災いを恐れない。
  あなたがわたしと共にいてくださる。
  あなたの鞭(むち)、あなたの杖(つえ)
  それがわたしを力づける。
5 わたしを苦しめる者を前にしても
  あなたはわたしに食卓を整えてくださる。
  わたしの頭に香油を注ぎ
  わたしの杯を溢(あふ)れさせてくださる。
6 命のある限り
  恵みと慈(いつく)しみはいつもわたしを追う。
  主の家にわたしは帰り
  生涯、そこにとどまるであろう。

 神様の平安と豊かな祝福が、皆さんの日ごとの歩みのうちに、今もいつまでもありますように。

(医療従事者交友会書記・大尉)

2月交友プログラム

〈ウェルカム〉の姿勢
本村 いずみ

聖書箇所 フィリピの信徒への手紙2章1-5節
救世軍歌集 24番 東からも西からも

〈ウェルカム〉の姿勢

 「今日も寒いですね」「今朝も冷えましたねぇ」「身体にこたえるわ~」と、いたる所でこのような会話が繰り広げられている頃だと思います。一年の中でも寒さが厳しいこの季節、皆様いかがお過ごしでしょうか。日本人は天気を話題にすることが多いと言われています。お天気は、地域によって違いますが、すべての人に平等に与えられているもので、誰もが太陽の暖かさや雨の恵みを受けており、共感できるものだから話題にしやすいということもあるのでしょうか。

 さて東日本大震災から、まもなく七年目を迎えようとしています。各被災地の復興はそれぞれ進んではいますが、抱える課題も様々で、地域でもともと抱えていた課題も加速して出てきており、本当の復興への道のりはまだまだかかるというのが現状です。

 熊本・大分では東日本大震災の経験を活かして、教会の教派を超えてネットワークを作り、九州全体で情報交換や協力体制を整え助け合ったりしているとのこと。その九州キリスト連合が被災地における〈心のケア〉の学びを計画した研修会のうち、夏に長崎で行われた研修会に出席する機会がありました。参加者から「東日本大震災の被災地は遠いので、ほとんど気にもかけていなかったが、熊本地震で何か自分にでもできることをしたいと学びに来た。そして東日本大震災の被災地のことも含めて、被害に遭われた方々のことに思いを寄せる機会になった」ということを言われました。身近な熊本に心を寄せることが、他の被災地にも心を寄せることになったのでしょう。講師の方が「何もできなくても被災地で一緒に迷い、ゆれることが心のケアである」と言っておられたことが印象に残っています。

 毎年、大晦日(おおみそか)支援やイベントやお茶っこに行っていた岩手県の大船渡の仮設住宅で知り合いになった方が、復興住宅に入居されました。久しぶりにそちらに行く機会があり、電話をかけると、突然にもかかわらず「わぁー久しぶり、嬉しいわ。会いたいから来て来て!」という即座の受け入れ。集会室でお会いしました。その方は、「震災以降、多くの方々から助けていただき、支えていただいた。その絆(きずな)や関係を大切にしていきたい」と今もその思いを大切にしているようでした。住んでいる人だけではなくて、近所にいる方も、色々な方々が集うところにしたいという、いつでも誰でも〈ウェルカム〉の姿勢は、仮設住宅にいた時からのままでした。私たちがいる短い間にも、同じ復興住宅の方や、近所の方、配達に来ていた方や東京からのボランティアの方、午後のラジオ体操に来ているご年配の方々など、様々な方々が出入りされていました。他の被災地で「集会室が活用されていない」「使われないで閉まったまま」「仮設住宅の方が良かった」というニュースや話を聞くのとは大違いでした。

 何かする時に、する側(支援する人、ボランティア)と、受け入れる側(被災者、支援してもらう人、助けてもらう人)という構図があります。しかし、実際に受け入れる側がいなければ、やりたくても何もできない、何も始まらないということがあります。また反対に、助けてもらわなければ、やってもらわなければ…が続くことはとても辛くしんどいということも耳にします。

 どちらかの側にずっといるのではなく、自分でできることはして、できないところは無理しないで助けてもらい、支え合いながら、調和を保ちながら、過ごすということがとても大切であることを実感しました。(もちろん、年月の経過や個人の体調によってもそれは変化していきます。)

 家庭団に関わる私たち一人ひとりも、普段の生活で体力的にも精神的にも安定していて、ゆとりや時間がある時などは、何気(なに げ)ない会話や対応にも、ゆったり、おおらかに対応できるでしょう。しかし、慌(あわ)ただしく、忙しく、せわしない状態や、心配事や悩み事、問題を抱えていたりすれば、とても〈ウェルカム〉と受け入れることも対応することも難(むずか)しいものです。

 家庭団の四つの柱の一つである交友は、字の通り、友と交際すること、付き合うことです。

 この世の価値観では利害関係や人間関係も複雑化し、嫌(いや)な思いをすることがありますが、私たちは、神様に愛されている一人ひとりとして、お互いに支え合い、認め合い、助け合い、大切に思って、お交わりをすることが、それぞれの素敵な交友の輪を広げることになります。そして、それは喜びと励まし合いの素敵な支え合いの時となり、かけがえのない友を得る機会にもなります。

 新しい友も、気心の知れた仲の良い友も、少し苦手な相手も、言葉数の多いあの方も、個性的な方々も、忘れやすくなってきた方々も、お互いが無理をしないで、みんなで〈ウェルカム〉と、これからも、ゆっくり、楽しく、おおらかにお交わりを続けていきましょう。

(仙台・浪江小隊付・少佐)